近年、従来の働き方や退職の概念を見直す「FIRE」という考え方が注目を集めています。その中でも「コーストFIRE」は、一定の資産を築いた後は老後資金の積み立てをやめ、現在の生活費だけを稼ぎながら資産を成長させる戦略として人気を集めています。コーストFIREは完全な経済的自立を目指す通常のFIREと比べて、必要資金が少なく済むため現実的な選択肢として支持されています。
本記事では、年齢別にコーストFIREに必要な金額を解説し、必要金額に影響する要素についても詳しく説明します。
コーストFIREにはいくら必要?年齢別の早見表
コーストFIREを実現するために必要な金額は、現在の年齢や希望する退職年齢によって大きく変わります。コーストFIREの基本的な考え方は、「今から退職年齢までの期間、資産を複利で成長させることで老後資金を確保する」というものです。
具体的に必要な金額を年齢別に簡単な早見表としてまとめると、以下のようになります。これは65歳で完全引退することを想定し、退職後に月25万円の生活費が必要と仮定した場合の目安です。年間運用利回りは物価上昇率を考慮した実質3%としています。
【コーストFIRE必要金額 年齢別早見表】
- 25歳の場合 約1000万円
- 30歳の場合 約1300万円
- 35歳の場合 約1700万円
- 40歳の場合 約2200万円
- 45歳の場合 約2900万円
- 50歳の場合 約3800万円
- 55歳の場合 約5000万円
- 60歳の場合 約6500万円
この早見表からわかるように、若いうちにコーストFIREを始めるほど必要金額は少なくなります。これは複利の力が長期間にわたって働くためです。25歳でコーストFIREを始めれば65歳までの40年間、資産が成長し続けるのに対し、55歳から始めた場合は成長期間がわずか10年しかないため、最初の元本を大きくする必要があります。
また、この金額はあくまで目安であり、個人の生活スタイルや退職後の希望する生活水準、年金受給額の見込み、医療費の予測などによって変動します。次の項目では、各年代別に詳しく解説していきます。
コーストFIREの必要金額を年齢別に解説
コーストFIREの必要資金は年齢によって大きく異なります。若いうちからスタートすれば少額でも複利の力で大きく成長しますが、年齢が上がるにつれて必要金額は増加します。ここでは、各年代別に具体的な金額とその理由、そして実践するためのポイントを解説します。
- 20代は少額でも大きなリターン
- 30代は家族形成との両立
- 40代は資産形成の正念場
- 50代は退職準備の最終段階
- 60代以上は部分的なコーストFIRE
20代は少額でも複利効果で大きく成長
20代でコーストFIREを始めることは、資産形成において最大の武器となる時間の優位性を最大限に活かせるチャンスです。特に25歳から始める場合、65歳までの40年間という長期間にわたって資産を成長させることができます。
20代前半でコーストFIREを達成するために必要な金額は、約800万円~1000万円程度です。この金額があれば、今後は老後資金の積み立てをせずに、現在の生活費だけをカバーする収入を得ることで、65歳の完全退職時には十分な資産を持つことが可能になります。
この年代の最大の利点は、「複利の魔法」を最大限に活用できることです。例えば、1000万円を年率3%で運用すると、40年後には約3250万円まで成長します。さらに実質運用利回りが4%なら4800万円、5%なら7000万円以上にもなります。
ただし、20代でこれだけの資金を用意するのは容易ではありません。そこで有効なのが段階的なアプローチです。例えば、最初の5年間で300万円を貯め、その後も働きながら徐々に資産を増やしていくという方法もあります。また、この年代では収入アップの可能性も高いため、スキルアップや副業にも積極的に取り組むことで、コーストFIREへの道のりを加速させることができるでしょう。
30代は家族形成とのバランスが重要
30代になるとコーストFIREに必要な金額は25歳の時と比べて増加します。30歳の場合は約1300万円、35歳では約1700万円が目安となります。これは、資産が成長する期間が短くなるためです。
この年代の特徴は、家族形成や住宅購入などのライフイベントとの両立が課題となることです。結婚や出産、マイホーム購入などによって支出が増える一方で、コーストFIREのための資金も確保する必要があります。
30代前半でコーストFIREを実現するためには、収入と支出のバランスを見直すことが重要です。例えば、共働きを続けることで収入を維持しながら、住宅ローンは繰り上げ返済や低金利の商品を選ぶなど、ライフプランニングを戦略的に行うことが有効です。
また、この年代からは投資の効率化も重要になります。つみたて型の小額投資から始め、徐々に金額を増やしていくことで、無理なく資産形成を進めることができます。税制優遇のある個人型確定拠出年金(いわゆるイデコ)や、つみたてNISAなどの制度を最大限活用することも賢明です。
30代後半までにコーストFIREに必要な1700万円程度の資産を築くことができれば、その後は老後資金の積み立てを気にせず、現在の生活を楽しみながら働くことができます。
40代は資産形成の正念場
40代に入るとコーストFIREに必要な金額は大幅に増加します。40歳の場合は約2200万円、45歳では約2900万円が目安となります。資産が成長する期間がさらに短くなるため、初期投資額を増やさなければならないのです。
この年代は一般的に収入のピークを迎えることが多く、資産形成においても正念場と言えます。子どもの教育費など家計の支出が増える時期ですが、同時に今後のライフプランを見据えた資産配分が極めて重要になります。
40代でコーストFIREを目指す場合、投資だけでなく、不動産や事業など複数の収入源を確保することも検討すべきでしょう。例えば、投資用不動産を購入することで家賃収入を得たり、副業やフリーランス業務で追加収入を確保したりすることで、資産形成を加速させることができます。
また、この年代では投資戦略の見直しも必要です。20代や30代と比べてリスク許容度が下がるため、ポートフォリオのバランスを徐々に安定性重視に移行させていくことが賢明です。とはいえ、まだ20年以上の運用期間があるため、成長性を無視することはできません。株式と債券のバランスを取りながら、安定した成長を目指しましょう。
40代でコーストFIREを実現することは容易ではありませんが、早期のセミリタイアを視野に入れた働き方改革としても有効な選択肢となります。
50代は退職準備の最終段階
50代になるとコーストFIREに必要な金額は急激に増加します。50歳の場合は約3800万円、55歳では約5000万円が必要となります。運用期間が短くなるにつれて、複利効果の恩恵が減少するため、より多くの初期資金が求められます。
この年代の特徴は、退職までの時間が限られていることです。子どもが独立し家計の負担が軽減される一方で、親の介護や自身の健康問題など、新たなリスク要因も考慮する必要があります。
50代でコーストFIREを目指す場合、リスク管理がより重要になります。株式市場の大きな下落から回復するための時間が限られているため、資産配分をより保守的にする必要があります。債券や安定した配当を提供する株式の比率を高め、市場の変動に対する耐性を強化しましょう。
また、この年代では公的年金の受給開始年齢までの「つなぎ資金」も重要な考慮点です。60歳で退職しても、年金の満額受給は65歳からとなります。この期間をカバーするための資金計画も必要です。
50代でコーストFIREを実現するには、住宅の見直し(ダウンサイジング)や支出の最適化など、生活全体を見直す包括的なアプローチが効果的です。退職後の生活を具体的にイメージし、それに合わせた資金計画を立てることが成功への鍵となります。
60代以上は部分的なコーストFIREを検討
60代以上では、従来の意味でのコーストFIREというより、部分的なセミリタイアの形を検討するのが現実的です。60歳の場合、従来のコーストFIREの考え方では約6500万円の資金が必要となりますが、この年代では別のアプローチも有効です。
公的年金の受給が始まる65歳までの短期間のブリッジ資金として、約1500万円~2000万円を確保することで、フルタイムの仕事から解放され、趣味や好きな仕事だけに時間を使う生活が可能になります。
この年代の最大の特徴は、公的年金をベースとした生活設計が可能になることです。年金だけでは足りない部分を、これまでの貯蓄と少しの仕事で補うというハイブリッドな戦略が有効です。
また、60代以上では健康維持が資産以上に重要な要素となります。健康を損なえば医療費の増加につながるだけでなく、働く能力自体が低下してしまうためです。定期的な健康診断や適度な運動、バランスの取れた食事など、健康投資も欠かせません。
資産運用においては、インフレリスクと安全性のバランスがポイントとなります。長寿化に伴い、退職後30年以上生きる可能性も考慮し、一部の資産は成長性のある投資に配分することも検討すべきでしょう。ただし、リスク許容度は個人差が大きいため、自分の性格や状況に合わせた資産配分が重要です。
コーストFIREの必要金額が高くなってしまう5つの要素
コーストFIREを実現するために必要な金額は、いくつかの要素によって大きく変動します。必要資金を増加させてしまう主な要因を理解し、事前に対策を講じることで、より効率的にコーストFIREを実現することができます。以下では、コーストFIREの必要金額を押し上げる5つの重要な要素について詳しく解説します。
- 老後の生活水準が高い場合
- 運用利回りが低い場合
- インフレ率が予想より高い場合
- 医療費・介護費の増加
- 子どもの教育資金の負担
老後に高い生活水準を望む場合は必要金額が倍増
コーストFIREの必要金額を大きく左右する要素の一つが、老後に望む生活水準です。標準的な生活を送るつもりなのか、それとも趣味や旅行を楽しむゆとりのある生活を望むのかによって、必要な資金は大きく変わってきます。
例えば、夫婦二人で月25万円の生活費を想定した場合と、月40万円の生活費を想定した場合では、必要な資金はおよそ1.6倍の差が生じます。30歳でコーストFIREを始める場合、月25万円の生活なら約1300万円ですが、月40万円の生活を望むなら約2100万円が必要になります。
老後の生活費を正確に見積もるためには、現在の支出を詳細に分析した上で、退職後に増減する項目を考慮する必要があります。例えば、通勤費や仕事関連の支出は減少しますが、趣味や余暇活動、医療費などは増加する可能性があります。
また、住宅ローンの完済時期も重要な要素です。退職までに住宅ローンを完済できるなら、老後の必要生活費は大幅に減少します。一方、退職後も住宅ローンの支払いが続くなら、その分だけ必要金額は増加します。
老後の生活水準を現実的に見積もり、本当に必要なものと贅沢なものを区別することで、コーストFIREに必要な金額を適正化することができます。
想定運用利回りの差で必要金額が2倍以上に
コーストFIREの必要金額を計算する際、最も大きな影響を与える要素の一つが想定運用利回りです。運用利回りのわずかな差が、長期間の複利計算によって大きな金額の差となって現れます。
例えば、30歳からコーストFIREを始め、年率3%の運用利回りを想定した場合、必要金額は約1300万円です。しかし、運用利回りが2%に下がると約1800万円、1%になると約2700万円と大幅に増加します。逆に、4%の運用利回りが実現できれば、必要金額は約1000万円まで減少します。
運用利回りは市場環境に左右され、個人の完全なコントロール下にあるわけではありません。しかし、投資コストの削減や税金の最適化、資産配分の工夫などによって、長期的な運用パフォーマンスを向上させることは可能です。
特に重要なのは、リスク許容度に応じた適切な資産配分です。若い世代ほどリスク許容度が高く、株式の比率を高めることで長期的には高いリターンが期待できます。しかし、リスクを取りすぎると短期的な市場下落時に資産を減らしてしまうおそれもあります。
長期的な視点で安定した運用利回りを実現するためには、分散投資と定期的なリバランスが鍵となります。また、投資の基本原則である「長期・分散・積立」を忠実に守ることも重要です。
インフレ率が予想より高い場合のリスク対策
コーストFIREの計画において見落とされがちなのがインフレリスクです。一般的に老後の生活費を計算する際は現在の価格を基準にすることが多いですが、長期間にわたる物価上昇によって実質的な購買力は低下していきます。
例えば、年率1%のインフレが30年続くと、同じ金額で購入できる物やサービスは約26%減少します。年率2%なら約45%、年率3%なら約60%も購買力が低下します。これは、退職時に予定していた生活水準を大幅に下回る可能性があることを意味します。
コーストFIRE計画でインフレを適切に考慮するには、実質運用利回りで計算することが重要です。例えば、名目運用利回りが5%でインフレ率が2%なら、実質運用利回りは3%となります。この実質運用利回りを使って必要金額を計算することで、インフレを考慮した計画が立てられます。
インフレリスクに対処するためには、株式や不動産などの実物資産への投資割合を適切に保つことが有効です。これらの資産は長期的にはインフレに連動して価値が上昇する傾向があります。また、物価連動国債などのインフレヘッジ商品も、ポートフォリオの一部に組み入れることも検討すべきでしょう。
さらに、退職後も定期的に資産状況と生活費のバランスを見直し、必要に応じて支出を調整する柔軟性を持つことも重要です。
予想外の医療費・介護費による資金不足リスク
コーストFIREの計画において軽視できないのが、老後の医療費と介護費です。健康であれば公的医療保険でカバーされる部分が大きいですが、重い病気や長期の介護が必要になった場合、予想を超えた出費が発生する可能性があります。
日本の高齢者世帯の医療費の平均は月約1.5万円ですが、重い病気になれば月10万円以上かかるケースもあります。また、介護が必要になった場合、介護施設の入居費用は月20万円以上かかることも少なくありません。
こうした不確実性に備えるためには、基本的なコーストFIRE資金とは別に、緊急予備資金を確保しておくことが重要です。目安としては、通常の必要金額に20~30%上乗せした金額を準備しておくと安心です。
また、民間の医療保険や介護保険の活用も検討すべきでしょう。ただし、保険料と保障内容のバランスを見極め、真に必要な保障だけを選ぶ賢明さが求められます。掛け捨ての保険で必要最低限のリスクヘッジをしつつ、残りは自己資金で対応するというハイブリッドなアプローチも有効です。
さらに、定期的な健康診断や適度な運動、バランスの取れた食事など、健康維持への投資も間接的な資金対策となります。健康であればあるほど、医療費・介護費の負担は軽減されるのです。
子どもの教育資金が資産形成の障壁に
コーストFIREの計画において大きな影響を与えるのが、子どもの教育資金です。特に30代、40代でコーストFIREを目指す場合、教育費との両立が大きな課題となります。
子ども一人当たりの教育費は、幼稚園から大学卒業までで約1000万円から1500万円が目安となり、私立学校や海外留学を視野に入れると2000万円以上になることも珍しくありません。これは、コーストFIREに必要な資金とほぼ同等の金額です。
子どもの教育資金とコーストFIREを両立させるためには、長期的な視点での優先順位の明確化が必要です。全ての教育費を親が負担するのではなく、奨学金の活用や子ども自身の一部負担なども検討するのも一つの方法です。
また、教育資金の準備方法も工夫できます。学資保険だけでなく、株式や投資信託などを活用した資産形成も検討する価値があります。特に子どもが小さいうちは運用期間が長いため、適切なリスク管理のもとで積極的な投資も可能です。
コーストFIREと教育資金の両立は簡単ではありませんが、計画的な貯蓄と投資、そして教育費の効率化によって、双方を実現することは不可能ではありません。自分の価値観に基づいて、どちらにどの程度の優先順位をつけるかを、家族でよく話し合うことが大切です。
まとめ
コーストFIREは、完全な経済的自立を目指す通常のFIREと比べて必要資金が少なく、より現実的な選択肢として注目されています。年齢によって必要金額は大きく異なり、若いうちに始めるほど少ない資金で実現可能です。
20代では約1000万円、30代では1300万円~1700万円、40代では2200万円~2900万円、50代では3800万円~5000万円、60代では6500万円程度が目安となります。しかし、これらの金額は老後の生活水準、運用利回り、インフレ率、医療費・介護費、子どもの教育資金などの要素によって変動します。
コーストFIREを成功させるためには、早期に計画を始めることが重要です。複利の力を最大限に活用できるからです。また、運用利回りの向上やリスク管理のためのポートフォリオ構築、インフレ対策、医療費リスクへの備えなども欠かせません。
最後に、コーストFIREは単なる資金計画ではなく、自分らしい人生を送るための選択肢の一つであることを忘れないでください。目標金額だけにとらわれず、ライフプラン全体のバランスを考慮しながら、柔軟に計画を進めていくことが大切です。あなたのライフステージや価値観に合わせた、無理のない資産形成計画を立てることが成功への鍵となるでしょう。